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豊平区を知り尽くす

豊平区ってどんなところなのか皆さんどれほどご存知ですか?
ここでは豊平区の基本的な情報から歴史まで、(Wikipediaの力をお借りして)詳しくご説明いたします。

豊平区とは

豊平区(とよひらく)は、北海道札幌市南東部にある行政区で、1972年にかつての豊平町の東部に設けられ、1997年(平成9年)にそのうちの東側が清田区に分区されました。

基本情報

日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 石狩振興局
札幌市
団体コード 01105-3
面積 46.23km²
総人口 217,981人
(住民基本台帳人口、2015年3月31日)
人口密度 4,720人/km²
隣接自治体
隣接行政区
札幌市(中央区、白石区、南区、
清田区)
区の花 ペチュニア(ツクバネアサガオ)
キャラクター こりん、めーたん
区役所 〒062-8612
北海道札幌市豊平区平岸6条10丁目1番1号

地域

■豊平 ■旭町 ■水車町 ■平岸 ■中の島 ■美園 ■月寒中央通 ■月寒東 ■月寒西 ■羊ケ丘 ■西岡 ■福住

歴史

豊平区の歴史は、道路が開削された江戸時代以前に遡る。豊平の名は、「崩れた崖」を意味するアイヌ語の『トイエ・ピラ』に由来する。今の豊平橋付近を指す地名である。北海道の例にもれず、アイヌの住む土地であった。

  • 1857年(安政4年) 箱館奉行によって銭函と千歳を結ぶ札幌越新道(千歳新道)(国道36号の前身)が開削され、豊平渡船場の東岸に、和人としてはじめて渡し守として幕命を受けた志村鉄一(鉄市)が住みはじめる。この頃以降の豊平は、対岸の札幌と北海道西部、南部を結ぶ道路交通の要地となった。
  • 1871年(明治4年) この年以降人々があいついで入植し、同年平岸村と月寒村、翌年豊平村が作られた。三つの村の中心は今の豊平区内にあったが、このうち月寒村は後の北広島市の一部まで、平岸村は後の南区の大部分を範囲にしていた。農業は畑作中心で、平岸にりんご園、他ではじゃがいもなど様々な作物が作られた。豊平橋付近を除き、市街化は進まなかった。
  • 1872年(明治5年)-1873年(明治6年)江戸時代の札幌越新道を拡張し、札幌本道が建設された
  • 1883年(明治16年) 札幌豊平郵便局が現在の豊平4条1丁目に開設。1962年に豊平郵便局が月寒より移転開設すると豊平橋郵便局に改称。
  • 1902年(明治35年) 豊平村、平岸村、月寒村が合併して豊平村になった。
  • 1908年(明治41年) 町制施行し、豊平町になった。
  • 1910年(明治43年) 町の一部の豊平地区を札幌区(現在の札幌市)に編入された。
  • 1961年(昭和36年) 豊平町の全域が札幌市に編入された。
  • 1972年(昭和47年) 札幌市が政令指定都市になり、元の豊平町の東側が豊平区、西側が南区になった。
  • 1997年(平成9年)11月4日 吉田川を境として、区の東側を清田区として分けた。

市街化は1950年代以降に急速に進み、2004年までには区の北部はほとんど住宅地になった。南半分は市街化調整区域に指定されて開発が抑制され、森林のまま残された。

TownQ(たんきゅー)

2014年春に誕生した豊平区の地域情報ポータルサイト。
豊平区内のショップ・企業情報の他、イベント情報や独自のマガジンなどを記載。
特にたんきゅーマガジンは各業界において好評で、常に注目を浴び続けている。

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